大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)182号 判決 1954年11月16日

控訴人 東井家吉

訴訟代理人 竹野竹三郎

被控訴人 中村富三郎 太田垣徳次郎

訴訟代理人 禅野佐助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人等は連帯して控訴人に対し白ボール紙七十三束(但し一束に付五十六封度結束)を引渡しせよ、若し右物件を引渡すことが出来ないときは金九万九千四百二十円を支払いせよ、訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は主文と同じ判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人に於て従前第一次的請求として所有権に基き請求して居たのを控訴人個人の占有権に基き請求する旨訂正し且予備的請求につき控訴人は有限会社東亜紙器工業所の代表取締役として右会社のため本件物品を代理占有して居るもので控訴人の地位は右会社の使用人や主人又は父親との関係における僕婢又は子供の如き本人の所持機関即ち単なる占有機関ではなく右会社代表取締役として受給買受けた本件物品につき自ら独立の所持を有するものであるから該占有権に基き請求するものであると補正陳述した外原判決事実摘示と同一につき茲に之を引用する。

証拠として控訴代理人は甲第一、二号証、同第三、四号証の各一ないし三、同第五号証、同第六号証の一、一、同第七、八号証(同第九号証は欠号)同第十号証及検甲第一号証を提出し原審証人野崎楢雄、平岡孝太郎(第一、二回)吉岡貞二、東井敬介、柏木正二、当審証人田村三郎、清水久美彦、松本昌雄、小島虎之助、平岡正造の各証言、原審鑑定人藤野槌之助の鑑定の結果及原審並に当審に於ける控訴本人の各供述を援用し乙第三号証の成立を否認し、同第四号証の成立は不知と述べ爾余の乙各号証の成立を認め、被控訴人等代理人は乙第一ないし第七号証、同第八号証の一、二を提出し原審証人平岡孝太郎(第一、二回)吉岡貞二、当審証人清水久美彦、小島虎之助、平岡正造の各証言を援用し甲第一号証の成立は不知、同第六号証の一、二の成立は否認する爾余の甲号各証の成立は之を認め検甲第一号証は有限会社東亜紙器工業所の社印であることは認めると述べ且甲第八号証を利益に援用した。

理由

先づ被控訴人等の訴変更の異議に付按ずるに控訴人は当初控訴人が訴外奈良県紙器統制組合員たる個人の資格に於て同組合より配給の割当を受けて引取つた白ボール紙一束五十六封度結束七十三束を保管中被控訴人両名のため不法に奪取されたことを理由として占有権(控訴人が所有権を占有権の主張に変更したため被控訴人の異議の趣旨も当然占有権に変更されたものと認める。)に基き被控訴人両名に対し連帯して右物品の引渡並に之が引渡不能の場合に於ける損害賠償を請求する旨主張しながら其の後仮に右物品が控訴人個人として右組合より配給を受けたものでなく訴外有限会社東亜紙器工業所に対し割当て配給されたものとするも控訴人は右会社の代表取締役として同会社の定款の定めに従い同会社のため右物品を引取り保管中被控訴人両名のため私力を以て占有を侵奪されたものであるから代表取締役として有する占有権に基き被控訴人両名に対し前同様の請求を為す旨請求の原因を予備的に追加変更し新訴を本訴に併合して提起したことは記録上明かであるけれども右新訴が本訴と同様控訴人が前記統制組合より配給の割当として右物品の引渡を受け占有中に被控訴人等が私力を以て之を侵奪したと言う基礎的事実関係に立脚して別異の権利関係を主張するもので其の請求の基礎に何等変更はなく且之により著しく訴訟を遅滞させるものとも認められないから控訴人の右請求原因の変更は之を許容すべく被控訴人等の右異議は理由がない。

次で本条に付按ずるに従前何れも紙器製造販売業を営み居た控訴人、被控訴人両名及訴外野崎楢雄の四名が合同して昭和十九年六月十日現物出資により紙器製造並に之に附帯する一切の業務を目的とし、資本総額一万円とする有限会社東亜紙器工業所を創立し本店を控訴人自宅に設置し控訴人は右会社の代表取締役、被控訴人中村及訴外野崎は取締役、被控訴人太田恒は監査役に夫々就任したことは当事者間に争のないところである。控訴人は昭和二十年七月企業整備実施の結果業者に対し原料資材の当割配給をつかさどる奈良県紙器統制組合では整理基準により当然廃業を余儀なくされる被控訴人中村及訴外野崎が右企業合同により営業に加わり且其の実績を配給基準に合算することは他の業者に不利益を及ぼすとの理由から控訴人、被控訴人等の右企業合同を認容し難いとし右会社の組合加入に難色があつたので右会社への資材配給は残存業者であり且右会社の代表取締役である控訴人が個人として之を受けることとなつたので控訴人は個人として右組合より受領した資材を改めて監査役の承認を得て右会社に提供することにした。そこで右統制組合より控訴人に対し白ボール紙一束五十六封度結束七十三束が配給されたので控訴人は右組合の公定価格一束に付百五十円替合計一万九百五十円及之に附帯する組合賦課金三百三十円三銭以上合計一万一千二百八十円三円の内六千三百円を支払つて右物品を引取り控訴人店舗に保管して之を占有中未だ右会社に提供する前の昭和二十一年十二月三日被控訴人両名は数人の人夫を伴い突如控訴人店舗に来て右物品全部を不法に奪取し被控訴人太田垣方に連去つた旨主張し控訴人主張の日時被控訴人両名が右会社の本店である控訴人自宅より控訴人主張の白ボール紙七十三束の内六十八束を被控訴人太田垣方に搬出したことは当事者間に争のないところであるが控訴人が個人として右統制組合より前記白ボール紙の割当配給を受けて之を引取り占有していたとの控訴人主張事実に付ては該主張に沿う如き原審証人野崎楢雄の証言及原審並に当審に於ける控訴人本人の各供述部分は後記各証拠に徴し、たやすく措置し難く他に之を肯認するに足る証拠は見当らない。尤も当審証人平岡正造の証言により真正に成立したことを認める甲第一号証(右統制組合作成名義の計算書)及成立に争のない甲第七号証(右統制組合の総括配給台帳)に依れば何れも控訴人個人名の記載があり前記白ボール紙七十三束は右統制組合より控訴人個人に対し割当配給されたかの如く見えるけれども原審証人平岡孝太郎(第一、二回)、当審証人平岡正造、清水久美彦の各証言に依れば右控訴人個人名の記載は有限会社東亜紙器工業所代表取締役東井家吉と記載すべき肩書を略して記載したもので控訴人個人名の記載は誤記であることが認められるから同号証によつては右控訴人主張事実を認めるに足りない。却つて前記甲第一号証、同第七号証成立に争のない甲第八号証に原審証人平岡孝太郎(第一、二回)、吉岡貞二、当審証人平岡正造、小島虎之助、松本昌雄、清水久美彦の各証言及当審に於ける控訴人本人の供述を綜合すれば昭和二十年七月実施された政府の企業整備要綱によれば年間五封度以上の生産実績を有する業者のみ残存し之に達しない業者の廃業を余儀なくされたので若し控訴人被控訴人等の企業合同による有限会社の設立がなかつた場合右有限会社社員の中被控訴人太田垣のみは右基準による実績を有するも他の三名は何れも之に達せず但し控訴人は其の息子三人が今次大戦に応召して居た事情を斟酌され特に右実績保有者に準じて存続を認められることになるも転廃業者となるべき被控訴人中村及訴外野崎楢雄の各実績をも加算して右会社を前記統制組合に加入さすことについては企業整備委員会に於て論議を生じたが結局右会社の組合加入は承認せられ以来右会社に対する配給の割当は右四名の実績を加算した額に応じて代表取締役である控訴人に引渡されることになつたものであつて本件白ボール紙七十三束も右会社に対する割当配給としてその代表取締役である控訴人に引渡されたものであることを認めることが出来るから控訴人主張の如く控訴人が個人として右物品の配給を受け占有していたとの事実を前提とする控訴人の第一次的請求は爾余の争点に付判断を為す迄もなく失当であると謂わねばならぬ。

控訴人は又仮に右白ボール紙が前記統制組合より控訴人個人に配給せられたものでなく右有限会社に対し割当て配給されたものとするも控訴人は同会社の代表取締役として同会社の為右物品を引取り保管中被控訴人両名は私力を以て右物品に対する控訴人の占有を侵奪したのであるから控訴人は占有権に基き被控訴人両名に対し連帯して右物品の引渡及之が引渡不能の場合の損害賠償として右物品の返還を受くべき時期にある昭和二十四年九月十二日当時に於ける右物品の公定価格(元売業者販売価格)に相当する金九万九千四百二十円の支払を求める旨主張するに付按ずるに凡そ占有訴権の主体となり得るものは物につき自己のため直接に占有する者又は代理人による間接占有する者を除いては他人のため物の占有を為す者即ち代理占有者でなければならない。而してここに所謂代理占有者たるには物につき独立の所持を有することを必要とし之を有しない占有機関若は占有補助者は勿論法人の代表者も亦之に該当しないと解するを相当とする。蓋し法人は其の機関によつてのみよく其の社会的機能を果すことが出来るのであつて法人の代表者は法人の業務に関しては他人として対立する代理人ではなく其の機関に外ならないから法人の代表者が法人の業務上なす物の所持は法人のための他人の所持ではなく法人そのものの所持即ち法人の直接占有と認められ代表者自身独立の所持を有しないものと観るべきだからである。法人の代表者は所謂占有補助者の如く主人の指図に従う者でない点においては控訴人所論の如く占有補助者と異ると雖も法人の代表者の所持は即ち法人そのものの所持であつて別に代表者に独立の所持のないことは主人の所持の外に占有補助者に独立の所持のないのと趣を異にするものでない。然らば控訴人は前記有限会社の代表取締役として本件目的物につき自身何等の占有訴権をも有しないこと明かである。然るに右控訴人の予備的請求は法人の代表者は物につき直接占有をなすとの前提の下に控訴人が前記有限会社の代表取締役として会社の為占有中の白ボール紙七十三束(一束に付五十六封度結束)を被控訴人等のため侵奪されたことを理由として占有訴権を行使しようとするものであるから斯る請求は前叙の如く控訴人が右会社代表取締役として右物品につき占有訴権を有しない以上之亦爾余の争点に付判断を為す迄もなく失当である。

仍て控訴人の請求は孰れも理由がなく之と同趣旨に出た原判決は相当であるから本件控訴は之を棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長判事 朝山二郎 判事 沢井種雄 判事 前川透)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例